公立の学校では、教師が、年間の目標を立てて、それをどれくらい達成できたか自己評価することになっています。その評価シートに基づいて管理職と面談し、教師のパフォーマンスが評価されます。
以前は、それを目標管理シートと呼んでいたのですが、今は、業績評価と呼ばれています。その結果は、今後給与にも反映されるようになってきます。今年は、その具体的な数字が示されました。評価がいい場合と悪い場合とでは、生涯賃金に400万円くらいの差が出てくることもあるようです。
この制度には、問題点がいくつかあります。
そもそも、教育の実践を客観的に測られた数字で評価できるのかということ。前にも書いたかもしれませんが、これは、産業社会で用いられている方法を教育にも当てはめようとしたもので、ものを作ったりそれを売ったりする仕事と、教育の仕事とが同じ構造をしているという誤った前提に立っています。
また、教師のパフォーマンスは、目先のテストの成績や、国公立大学に何人合格させたかという数字だけで測られるべきものではありません。生徒の以後の人生にどれだけ寄与できたかという点が一番重要で、当然それは在学中には分かりません。
目標管理シートが始まった当初からそうでしたが、真面目な教師ほどこのくだらない評価に全力で取り組む傾向があります。ましてや、それが給与に反映されるとなれば、教師はもちろんですが、評価する校長はそれに心血を注がなければならなくなります。
現勤校の校長が、これでますます校長のなり手がいなくなるのではないかと思わず漏らしていましたが、さもありなんと思います。余談ですが、校長のなり手が足りないので、退任した後、そのまま校長を続けられるようになったそうです(今までは、退職すると、再任用はヒラの身分になっていました)。
校長にもヒラの教師にも、しなければならない大切な仕事が山のようにあります。評価をすることが、仕事の本質的な部分のパフォーマンスを下げてしまうという皮肉な結果に終わることは確実です。まさに、本末転倒というやつです。