西海市立S中図書館

2020年6月4日木曜日

読みの変化

同じ教材がずっと教科書に載っていて毎年読み続けていると、自分自身の読みが変わっていくことがあります。

私は、若い頃は、魯迅の『故郷』が「希望」のある作品とはまったく思えませんでした。主人公の故郷の人々の変わり果てた姿の描写があまりにも切実だったので、そこから希望に到る道があるとは、とても思えなかったのです。

作品の最後で、魯迅は「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。」というあやふやな言い方をしています。これは、そのまま、どちらとも読める終わり方です。

これを、「希望はある」と読めるようになるまで、ずいぶん時間がかかりました。

『おくのほそ道』は、漢語を多用した格調高い文体で書いてありますが、最近、それがちょっと鼻につくようになりました。

例えば、芭蕉は、深川の自分の住居のことを「江上の破屋」なんて書いていますが、ここはちょっと格好付けすぎに思えてきました。漢籍に親しんでいたらごく普通の表現かもしれませんが、中国の大河に対して、隅田川を同等に扱うのはいささか大げさではないかと思うようになったのです。

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