西海市立S中図書館

2011年9月1日木曜日

田端文士村記念館

9月1日は防災の日。防災の日といえば関東大震災。なぜかこの日になると、地震の後、大八車で食料を調達してきたという芥川龍之介のエピソードを思い出します(芥川文さんの回想『追想 芥川龍之介』にでてきます)。

芥川がその頃住んでいたのは、今の北区田端。山手線の田端駅前には、田端文士村記念館があります。入館無料。



大正から昭和にかけて、田端には芥川を始めとする文学者や芸術家が数多く住んでいました。

室生犀星なんかも、この近辺で何カ所も転々としながら暮らしてたそうです。館内のテレビで、当時の様子が記録された生の映像を見ることができます。

その中に、芥川龍之介が子ども二人と写ったフィルムがありました。着物姿の芥川は、裾をはしょりながら、子どもらに続いて庭の植木をするすると登り、家の屋根に上がっていきました。

地震のときのエピソードと同様に、本人の文章からはうかがい知れない芥川の人柄を見た思いでした。近くに住んでいた室生犀星の方が、タフな生活者というイメージだったのですが、芥川も案外たくましい。顔色の青白い文学青年というわけではなかったようです。

別のフィルムの中で、詩では食えなかった室生犀星が、最初の小説(『幼年時代』)で1枚1円という破格の原稿料をもらい、その後次々にヒットを飛ばしたが、生活のためにどんどん書き続けていったことなど、少し後悔するような口調で話していました。書きすぎだと忠告されたりもしたようですが、(生活のために?)書くしかなかったのだと。

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