School Library Rover
学校と学校図書館作りにまつわるいろいろ 手作りによる図書館改造を中心に
西海市立S中図書館
2026年7月16日木曜日
大型絵本架
2026年7月12日日曜日
生徒のインターネット・AI利用上の制約
ちょうどISとの衝突が世界中で頻繁に起こっている頃のことでした。平和学習の資料を作っていたら、生徒のパソコンに、ISが行った虐殺のリアルな動画が出てきてしまったことがありました。生徒の反応が明らかにおかしかったのですぐに気づきましたが、気づかなければ多くの生徒がその動画を見てしまっていたかもしれません。当時も、フィルターは掛かっていたはずですが、それをすり抜けてしまっていたのでした。
こうした経験が積み重なって、現在、生徒が学校で使えるインターネットのフィルターは、かなり強力なものになっています。その結果、検索しても、ブロックされて表示できない画面が多くなり、使い勝手としては、ひどくぱっとしないものになってしまいました。
先日、私の勤務校の中3の生徒が、意見文を書くとき、インターネット上での検索や、生成AIの利用を題材に取り上げました。学校で、ネット上の検索にかけられているフィルターを外し、今は使えない生成AIを生徒にも使わせるようにすべきという意見でした。
何か調べようとすると、一般的な答えはすぐに出てきますが、そこからもう一歩深めていこうとするには、制約が多すぎるのです。極めてまともな意見だと思うのですが、だからといって、今後、何でも自由に使っていいですよということにはならないだろうと思います。生成AIを使えば、悪意のある動画でも、簡単に作れてしまうからです。
報道によれば、今後新設される情報・技術科のなかで、生徒に生成AIを利用させるとのことですが、こうした現実的な課題をどうクリアするのか、ちゃんと考えているようには見えません。ただ世の中の流れに乗り遅れないようにしなければならないので謳ってみた、程度のことでしょう。
私は、昨日書いたように、学校でそれをやるのはあきらめた方がいいという考えです。既存のパラダイムを打ち砕いて乗り超えるような発想は、日本の学校教育の制約の中からは生まれてこないだろうと思うからです。
そんなできもしないことを目指すより、リアルな世界の中で、たっぷり時間を掛けて、手足を動かしながら子どもの創造性を育むことに注力したほうが、はるかに大きな成果が得られるだろうと思います。
2026年7月11日土曜日
情報・技術科の授業時数
2026年7月10日金曜日
生成AIが作る画像のテイスト
昨日の研修会の中で、生成AIに作らせた画像や動画が使われていました。私がその場で作ったスライドにも、たくさん画像が使われていました。
生成AIが登場して間もない頃、やはり研修会で、与えられたテーマでAIが描いた絵がいくつか示されましたが、クリスチャン・ラッセンを思わせる安っぽいリアリズムと、けばけばしい色彩で、好きになれませんでした。
その頃よりも多少絵が洗練されてきたかとも思いますが、基本的なテイストは同じで、どうにも使う気になりません。これらはすべて無料版の結果で、有料版ならもっと違ってくるのかもしれません。動画には、ホラー映画にでも出てきそうな、おどろおどろしい雰囲気の画像もあって、これではまったく使えないと思いました。
AIを使い慣れている人や、ゲームの世界になじんでいる人にとっては、これが当たり前なのかもしれませんし、つまるところ好みの問題かもしれませんが、このゴチャゴチャした絵面は、教材には向いていないというのが私の個人的な感想です。
ちなみに、AIが描いた絵を修正したくて注文を付けたら、AIは、自分の描いた絵はそういう指摘に当たらないと、たくさん理由をあげて、強固に反論してきました。自意識を持った人格のようで、面白くはありましたが、ぶつぶつ言わずに描き直してほしいとも思いました。(こういうことはしばしばあるらしく、これに反論してもAIは納得しないので、新しく描いてもらった方がいいそうです。)
2026年7月9日木曜日
オンライン研修
先週に引き続き、今週も、オンラインで研修を受けました。
AIを使って、仕事に使える資料を作るという研修でしたが、参加者は前回の倍くらいはいたようです。人気のテーマだったことが分かります。
参加者には、実際にAIを動かして資料を作ることが求められたのですが、材料の読み込みと、結果の生成には時間がかかり、研修の時間は、やっと資料ができたところで終わってしまいました。
単純な意味のAIの使い方なら、AIは、普通の文章で尋ねるだけで、すぐに答えてくれますし、答えが十分でなかったら、さらに質問を重ねていくと、答えを洗練させていくことができますから、わざわざ研修を受けるまでもありません。
研修の必要があるとすれば、どのような質問ならいい答えを導き出せるかということや、結果があまりぱっとしなかった場合の対処法です。
ところが、参加者の一部がやっと資料を作り終わった段階で、時間がなくなってしまって、できた資料の交流や評価をする時間、さらにそれをどのように改良していくかという時間は取れずに研修は終了になってしまいました。
参加者に資料を作らせて、それで終わり。これでは何も得られないのは、日々の授業でも同じだと思います。「参加型」の研修が、必ずしも効果的とは限らないということが如実に現れた研修でした。
2026年7月8日水曜日
皇室典範の改正議論
高市さんは、女性初の総理大臣ということで、支持率も非常に高い状態が続いています。彼女を見ていると、私が教師になった40年くらい前のことを思い出します。ちょうど、元号が昭和から平成に変わる頃でした。
その頃はまだ、男性優位の世の中で、女性管理職は極めてまれでした。女性が管理職になるには、男性社会の価値観に過剰に一体化し、仕事では男性以上に頑張り、飲み会の席でのセクハラは笑顔で受け流し(もちろん、内心は違っていたでしょうが)、場面によっては「男のように」振る舞うことが必須でした。
高市さんが睡眠時間を削って仕事に邁進していると自分でアピールする姿からは、当時の女性管理職が思い出されて、痛々しくなります。化石のような体質の議員だらけの中で、そうやって地歩を築き、トップに上りつめたのでしょう。
かつて、私は、しばらく教育委員会に所属しており、人権・同和教育や、「男女平等教育(当時は、まだそのような言い方がなされていました)」を担当していました。ちょうど、男女混合名簿(男子・女子をわけず、名前の順番だけで作る名簿)の導入が激しく議論されていました。校長会は、あからさまに反対はしませんでしたが、いろいろ屁理屈をこねて混合名簿では困ると言いつのっていました。
あれから30年ほど経って、さすがにどの学校も男女混合名簿を当たり前のように使っています。特に不都合は生じていません。その後出てきた「男女共同参画社会」という言葉もすっかり定着して、現実の処遇はまだまだだとしても、考え方としては、生物学的な性差以外には、男女の間に差はないというのが常識になってきたと思っていました。
女性管理職も増えましたが、女性が、管理職だからといって、かつてのように肩に力を入れて突っ張らなくてもいい時代になってきたと思います。
ところが、昨今の皇室典範の改正議論の中で、我が国の一部には、男性優位の世界観がまだ根強く残っていることがあからさまになってしまいました。女性が天皇になったからといって、天皇家の血統が途絶えるわけではないのに、養子を入れてでも男系男子による相続が必要だと考えるのは、あからさまに性差別的だと思います。高市さんにも、どうやらそうした考え方が深く染みこんでいるようです。
人々の考え方が変わるのには、長い時間が必要です。しかし、時代は急激に変化しました。伝統を守るという口実のもとに、天皇の跡継ぎ問題で、性別による異なった扱いが許されてよいはずもありません。大手新聞社(三社)の調査によれば、女性天皇に反対する人は、全体の1割以下です。
史上初めての女性総理大臣が、こんな女性差別とも捉えられかねない法律を作ってしまったら、それこそ不名誉なことで歴史に名を刻んでしまいます。どうか、思い直して、女性天皇誕生を可能とする改正の方向に舵を切ってほしいと願っています。