国語の教師やってますが、高校の頃、国語を得意だと思ったことはありませんでした。特に、古典。
反実仮想だの反語だの出てきましたが、すっきりわかったと思ったことがありませんでした。この本を読んで、実は、私の頭が悪かったのではなくて、当時の先生の説明が意味の通らないものであった可能性もあると思い至りました。
古典を現代語に訳すとき、決まり文句のようなフレーズを繰り返させられたのですが、その一部は、間違いだったかもしれません。
例えば、若山牧水の「白鳥は哀しからずや」が、私たちの習った(今もそのように学校で教えている)解釈とはまったく違う読みができることが論じられてます。国語教師必読。
もう一つ、自分のことですが、高校の古典で意味が分からなかったのは、文法です。助動詞がその筆頭。
助動詞の意味をせっせと覚えても、なかなか古典の文章が分かるようになりません。私は、高校生の頃、それを覚えるのをとっととあきらめてしまいました。もっとも、大学や大学院で日本語学・日本文学といった授業を受けるのに、まったく不都合はありませんでしたが。
おおむね高校一年の夏休みまでには、古典の主な助動詞を学習する、というのが一般的な進学校のカリキュラムです。なぜなら、9月の模試に、助動詞が出るから。
白石先生、今度は、学校で教えている古典文法について書いてもらえませんか。
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