著者が、思春期から大人になった、と感じた瞬間のエピソードが出てきます。
越えてしまえば何ということもない壁なのに、越える前には永遠に登れない絶壁に思えてしまう。
著者は、高校では、授業を聞かずに勝手なことばかりしていたそうです。制度の中にいながら、制度に背く生き方もありうる、ということ。
作家をしていても、ストレートにこういう本を書きたくなることもあるのでしょう。短い本ですが、自分自身の中の大人と子ども、自分がいつ大人になったのか、など改めて考えてしまいました。
私事ですが、最近、娘が学校をやめたいと言いだしました。やめるもなにも、ほとんど行ってないじゃないか、と言いたかったですが、とりあえず、考える時間をくれ、と答えました。
そんなことを考えていると、なぜかこんな本が目に入ってきます。読みながら、思い切って制度から飛び出す、という生き方もありうると思えるようになりました。
顧みれば、自分自身は、学生の頃、既存の枠組みの中でそれを当たり前のこととして生きているように見える友人達のことが理解できず、別のやり方を求めてうろうろしてきたのでした。
親というのは勝手なもので、娘にはそんな生き方はせず、枠の中でまっとうに生きて行ってほしいなどと願っているのです。すでに中学生の頃からそれに疑問を感じている娘の方が、私よりもずっと潔いのかもしれません。
越えてしまえば何ということもない壁なのに、越える前には永遠に登れない絶壁に思えてしまう。
著者は、高校では、授業を聞かずに勝手なことばかりしていたそうです。制度の中にいながら、制度に背く生き方もありうる、ということ。
作家をしていても、ストレートにこういう本を書きたくなることもあるのでしょう。短い本ですが、自分自身の中の大人と子ども、自分がいつ大人になったのか、など改めて考えてしまいました。
私事ですが、最近、娘が学校をやめたいと言いだしました。やめるもなにも、ほとんど行ってないじゃないか、と言いたかったですが、とりあえず、考える時間をくれ、と答えました。
そんなことを考えていると、なぜかこんな本が目に入ってきます。読みながら、思い切って制度から飛び出す、という生き方もありうると思えるようになりました。
顧みれば、自分自身は、学生の頃、既存の枠組みの中でそれを当たり前のこととして生きているように見える友人達のことが理解できず、別のやり方を求めてうろうろしてきたのでした。
親というのは勝手なもので、娘にはそんな生き方はせず、枠の中でまっとうに生きて行ってほしいなどと願っているのです。すでに中学生の頃からそれに疑問を感じている娘の方が、私よりもずっと潔いのかもしれません。

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